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聖なる井泉


聖なる井泉の水で醸しだされる「日本酒」

「水の力」の発見

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一世紀前半(弥生中期)の大井戸は何に使ったか。

 中国から「倭」と呼ばれていた我が国が自ら中国に対して日本という国号をはじめて正式に用いたのは、大宝律令の公布施行の大宝2年(702年)と時を同じくして行われた遣唐使派遣の時であったという。
それに先立つ半世紀の倭国、すなわち、水稲栽培がおもな生業であった当時の日本列島(北海道を除く本州、四国、九州などで、神話で云う大八島)には水稲耕作に不可欠な太陽神と水の神に対する信仰が存在していた。

 最近発見された大阪府和泉、和泉大津両市にまたがる一世紀前半(弥生中期)の大規模環濠集落の池上曽根遺跡では神殿と見られる大型高床建物と共に、巨大な井泉(大井戸)跡が発見された。
それは外径2メートルを超えるクスノキをくり抜いて、円筒状の井戸枠に仕上げたもので、最古、最大の井戸跡である

こんこんと水が湧き出すように、その井戸枠には穴が5ケ所あけてある。
米と米麹と水とで合醸される「稲の国の稲の酒」が、太陽神を祀る「神の酒」として、この「聖なる井水」で、醸しだされたと私は確信している。


 日本酒の80%以上は水。

 日本酒の80%以上は水である。
純然たる醸造器機やタンクなどの洗浄水は別として、日本酒の醸造では原料白米の洗米から浸漬(水がこの間に白米に吸収される。白米の蒸きょう(強い蒸気で蒸し上げること)、そしてもと(酒母)もろみの仕込水、醸造アルコールが使われる日本酒では、その稀釈用水、製品出荷にあたっての割水に到るまで、水は米と共にきわめて重要な日本酒の主原料である。

仕込水に限っても、白米1トンに対して1.3トンの水が使われる。
その「水の力」の発見はきわめて理知的に、灘酒の中心的醸造地の西宮で、11代将軍・家斉の天保年間(1830~44年)になされたのである。

 室町時代の中頃から、西宮はすでに「西宮の旨酒」と呼ばれる産地として知られていた。それが、この地方に湧き出る伏流水の力によることが大きいことが実証されたのだ。


 美酒は水が決める、と言っても過言では無い。

 天保の頃、灘の酒造家・山邑太佐衛門は魚崎と西宮に酒蔵を持っていた。
原料米も醸造法も同じはずなのに、西宮の酒のほうがいつも品質が優れ、日持ちがよく(くさり難い)、夏を越すと秋晴れする美酒が得られる。

酒造職人をそっくり入れ替えてみても結果は同じである。そこで、ふとひらめいたのが“水”であった。
水の力と考えた太佐衛門はその翌年、早速、西宮の水を魚崎に運び、酒を仕込んでみたところ、はたせるかな、西宮の蔵の酒と同じ美酒が得られた。
さらに満を持して数年、試醸を繰り返して結果を確認して、天保11年(1840年)、太佐衛門は西宮から魚崎へと仕込水の大量輸送を断行した。

山邑家の酒が大江戸で評判をとったのは言うまでもない。こうして「西宮の水」は酒造に適した不思議な力を持つ水として「宮水」と呼ばれるようになって、今日に到るまで連綿として灘の酒造家によつて使われ続けている。


 水車精米による高精白米づくりを断行した灘酒。

 山邑太佐衛門は、水車精米による高精白米づくりを断行した酒造家として知られている。
灘酒は今津郷、西宮郷、東郷、中郷、西郷の灘五郷では10代将軍・家治の明和の頃(1764~72年)から、後背の六甲連山から流れ下る夙川、芦屋川、住吉川、右屋川、都賀川、生田川などの急流を活用し、水車による酒米の搗精を行う技術革新が行われていた。

一方、江戸初期から中期の江戸積み酒をリードした伊丹酒は米抱き職人による「足踏み精米」であった。
灘の水車精米の優位は明白である。伊丹酒は灘酒の水車精米に破れ、宮水の力に破れた。
太佐衛門は水車で三日三晩、搗き通した酒米で酒を仕込んだ。その頃、灘酒の酒米は一昼夜搗きであった。

その酒を江戸に出したところ、淡麗な味が大評判をとつた。
足搗み精米ではせいぜい一割搗きのところを水車精米では二割搗き以上も容易である。慢性的に米搗き職人不足に悩んでいた伊丹の酒造家は水車精米の高精白米で美酒をつくりだす灘の酒造家を指をくわえてながめるしかなかったのである。


 硬水から軟水へ。

 宮水は後背の六甲連山の伏流水が太古のトリ貝の堆積した地下層をへて井戸で汲み上げられる。
日本酒醸造に有効なミネラル分を豊富に含有した硬水である。もと(酒母)づくりがうまく進行し、発酵力が強いのでアルコールのよく出た健全なもろみが出来、これをしぼると辛口のしっかりした日本酒が出来る。
水中の鉄分がゼロなので、酒に色がつかず、貯蔵中に酒質が向上する。これが「秋晴れ」である。
 明治に入って、日本酒醸造の仕組みが科学的に解明されるようになると、京都の伏見の酒が急速に拾頭して来た。

伏見は伏水から出たといわれるほど、伏見の地下には桃山丘陵からの伏流水がゆたかに流れている。これは軟水である。
「宮水による硬水づくりの灘酒」に対する「伏見の伏水による軟水づくり」の挑戦であった。同じような軟水の広島が続いた。
軟水ではミネラル分が少ないので、発酵がおだやかに進行し、甘口酒づくりに適している。
こうして「灘の男酒」に対して「伏見、広島の女酒」が地歩を固めて来た。


 水の力のコントロール。

 現代の日本酒の技術は「高精白米と軟水」とを組み合わせ、冷却装置によつて、たくみに発酵温度をコントロールしながら、淡麗軽快な酒質の美酒をつくりだすことを可能にした。
その頂点に位置するものが吟醸酒、大吟醸酒だ。
そのためには原料米を先ず徹底的に搗精しなければならない。

 平成2年に法定された「特定名称の清酒」では、吟醸酒と純米吟醸酒では、原料白米の精米歩合を60%以下、大吟醸酒と純米酒で50%以下に搗精しなければならない。
そして、これを優れた水質の軟水で、静かに静かに発酵させなければならない。そのためには、水そのものを改善させなければならない場合も多い。何故ならば環境の汚染が進み、酒造用水も要注意の時代だからである。水そのものの水質のコントロールすら考えなければならない時代に突入しているのだ。


 『お酒の事典』(成美堂出版)を基に作成してあります。
 日本酒の歴史から各銘柄の特徴が名文で紹介している本です。是非、購入されお読みになられる事をお薦めします。




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