| 60年前のあの日にタイムスリップ! 還暦祝い専門の酒 ・生まれた日の新聞を添えて |
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稲の国の稲の酒
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日本酒の生い立ち
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日本の稲作の始まり。
現代の考古学は日本の稲作の始まりを次のように記している。
「2千数百年前、九州島の一角、佐賀県・福岡県下で形の整った水田が出現する。
これこそ、日本における本格的な稲作の始りである。この食料生産にもとずく暮し、稲作・米食を基礎とする生活の開始をもつて日本は大きく変貌をとげ、その後の現代にまでつながる文化・社会の基礎と方法を決定することになる。
この変貌は、日本列島に人類が登場して以来、最大のものと言ってよく、まさに[農業革命]の名に値いしよう。私達はこの農業革命の文化を弥生文化、その文化の時代を弥生時代、その文化の土器を弥生土器、その文化の担い手を弥生人と名付けている」(『大系・日本の歴史2日本人の誕生』奈良国立文化研究所・佐原真著・小学館刊)。
倭の国の酒作り。
稲作はこうして日本に伝来し、同時に米を原料とした発酵酒も伝えられた。
そして歴史はいよいよ、倭の諸王たちの巨大古墳時代に引き継がれようとする3世紀の後半、日本の酒についての記述が史書に出現する。それは紀元280年代の頃、中国の史家陳寿によつて編された『魏志・倭人伝』。
その中で、倭人は「人の性、酒を嗜む」「歌舞飲酒をなす」と記されている。
あけぼのの女王・卑弥呼の耶馬台国をはじめとする倭の国々で、私たちの先祖は、稲を植え、酒を醸し、その酒に酔った。
その酒はまさに「稲の国の稲の酒」と呼ぶにふさわしい「米の濁酒」である。
ドブロクこそ日本民族の酒。
ドブロクこそ、古代よりの私たち日本人の民族の酒であった。
「稲の国の稲の酒」は次いで、大和朝廷の「平城京」の酒造府「酒造司」で日本酒の形態をととのえはじめる。そして「稲」と「稲の酒」とを神事の中心に据えた日本の国事が完成する。
古代、政治はマツリゴトであり、祖神をまつることであった。そして祭事すなわち神事にはハレの飲み物として酒は不可欠で、その場に会した人々は神にそれを頂き、神の霊力を分与される。
宮廷の神事、節会、儀典は、天皇の神秘的な霊力、すなわち「日の御子」として御稜威を酒のかたちで臣下が分け頂くことにほかならなかった。
平城京そして平安京の律令国家の時代、酒は神のものであり、神事、国事につながっていたのである。
日本酒作りの拡散。
律令国家の時代、「酒造の司」は宮内省に属したが、その酒造りの実務を担当したのは大和、河内、摂津の酒つくりにたけた家系の農民で彼等は酒戸と呼ばれた。
酒戸は酒造りの杜氏の家系のはじまりであろう。
大化の改新(646年)では6歳以上の男女に土地を与える「班田収授」の制度が定められたが、この制度は、奈良の平城京から京都の平安京に遷都(794年)後、百年を経た頃には乱れに乱れ、荘園という名の王侯貴族たちの私有地がふくれ上っていった。
大きな寺社や藤原氏を頂点として貴族たちの畿内の大荘園では、領主や荘園内の実力者である名主たちが余剰米で酒造りを始めていた。
当然のことながら、律令国家の宮中の酒造りの技術も、このような荘園や寺社の酒造りの中に拡散していった。
朝廷中心につくられていた古代の「神々の酒」「天皇の酒」は飛鳥、祭良、平安、鎌倉と時代を経過するにつれて、さらに民間へと広がっていく。
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『お酒の事典』(成美堂出版)を基に作成してあります。
日本酒の歴史から各銘柄の特徴が名文で紹介している本です。是非、購入されお読みになられる事をお薦めします。
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